「Chrysanthemum Fidelity」(クリサンセマム フィデリティ) 20040726 茂木淳一(千葉レーダ) |
厳格だった祖父の1周忌が落ち着くと、祖母は高齢者向けのインターネット講座に入門した。
電子メールならいつでも会話ができると多少大袈裟に提案したのは彼女の孫にあたる私だが、学生時代に私が彼女にねだって買わせた今となっては貧弱なノートパソコンの液晶に毎夜遅くまで熱心に見入る姿は痛々しく、後悔したが、「まことさんめーるおくります」と書かれたメールを事務所で受信した時はヒヤリとした。
それからの彼女は燃えるようで、自らの意思で光ファイバを契約し、WEBオークションで落札したらしいサーバ機や無停電電源、それを収めるラック等が届くと仏壇の横に組まれ、畳を軋(きし)ませた。
丸く穏やかで口数の少ない彼女だったが、WEBの世界では毅然とした態度で悪を糾弾し、そのやり口は見事で世界中に支持者を持つことを知ったが、弱者には柔らかく、子供や学生に無料でサーバ領域を与えた。
雰囲気の異なるいくつかのサイトを運営しておりどれも盛んだったが、驚いたのは彼女のプライベートな話題が中心のサイト上に「孫とのコミュニケーション手段のつもりで始めたこの世界にすっかり浸かり、今では孫に与えるべき小遣いも全て運用資金に充てていることを申し訳なく思う。」と英文で書かれていたことだった。
簡素ながら使い勝手の良いこのWEBサイトは「Chrysanthemum Fidelity」(クリサンセマム フィデリティ)と名付けられ、それが彼女の名前「菊」と私の名前「誠」に由来すると知り、私は声を出して泣いた。 |
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